2006年07月15日

中田のよくできた引退特番に感じた違和感

中田の引退に関してはすでにこの前の記事で書いているのでまた繰り返しになってしまいそうだが、先ほどまで放送されていた特番を見てまたいろいろ考えさせられた。

まずこの番組を見た感想としては「非常によくできた番組」だということだ。

しかしその「よくできた番組」というのはよく演出された番組ということであって、中田の印象がいいということとは微妙に違う。

あえて言えば、中田という選手の印象をよくすることに非常に成功している番組ということだ。

しかし、この番組を見た自分はいくつかの疑問がどうしてもぬぐいきれない。

中田がW杯後チェコに行っていたことはたしか週刊文春のグラビアにも載っていたはずだし、この番組の宣伝もかなりネット上で大きく出ていたはずだと思う。

中田はチェコに行ったのはもしかしてプライベートの旅行で行ったというよりむしろこの番組の「取材旅行」だったのかもしれない、などと思ってしまったのは自分だけであろうか。

それとW杯でもチェコ戦の直後に椅子に腰掛けてインタビューに答えていた場面が先ほどの特番でも流れていたが、そういえばこの試合も同じ放送局の中継だったように思う。

いろいろなところで取材やインタビューなどの手はずが極めてよく整っていた印象はある。

それが自分にとっては違和感といってもいいようなものになってしまうのを感じざるをえない。

それがまずいというわけではないけれど、中田のインタビューや試合の解説を見て非常にサッカーが分かった気にはなるものの、他に専門家がいるわけではないからよく分からない点もあるのは仕方がないだろう。

たとえばいくつかの場面で三都主のプレーに関して中田は苦言を呈していたが、三都主に関してはあまりディフェンスはうまくないのはある程度は仕方がないと自分は思っている。

もちろんこの選手に関してはいろいろ言われているところもあるのだろうが、自分はわりと運動量が多い選手で、よくボールに追いついていると思っている。

もちろん自分が好きになれない点もあって、すでにここでも書いたけれども、一人の選手の悪い点だけを取り上げるのはちょっとかわいそうな気がする。

それと中田は「ジーコと4年間やってきて」ということをなんどか口にしていたが、「四年間」と言ってもそれほど密度の濃かった四年間だったのだろうか。

代表に出ていない時期も少なからずあったのではないだろうか。

そして最後のほうで中田とジダンが今回のW杯で現役をさることを取り上げていたが、この取り上げ方はいかにも中田がジダンと肩を並べうる選手であるかのような印象を植え付けるものであったが果たして本当にそうだったのだろうか。


中田はすばらしい選手であったことは自分もみとめるけれども、ジダンと並びしょうされるような選手であったとは自分は思わない。

ジダンが例の頭突きでレッド・カードをもらった件に関しては今大変な騒ぎになっている。

このことと、中田がブラジル戦のあとピッチで寝そべっていたこととは比較するが適当か分からないが、どうしても自分にとってはこの二人の選手について象徴的なことだったように思える。

ジダンが退場になったことに関しては、「あのジダンが」ということでどういうわけなのか、あるいは「よほどのことがあったに違いない」ということがあったはずだ。

中田に関してもたしかに意外な感じはしたが、あの試合の後でピッチに寝そべっていたことが、中田だから仕方がない、とかあの試合のあとなら仕方がない、という風に受け取られたかと言うと、自分のみならず必ずしもそのような受け止め方はされなかったのではないだろうか。

むろん全く違うことではあるが、中田に関しては中田自身がいうほど中田に理解が示されたのだろうか。

客席に残っていたサポーターにしても、今日改めてテレビで見た感じでは思ったほど多くの観客が残っているようにも思われなかった。

中田は日本のサッカーについてじつに多くのことを今日も言っていたと思う。
テレビでいう以上に選手の一人一人あるいはジーコやオシムに時間を取って言ってほしかったと思うのは自分だけであろうか。

これもまた適当なたとえかどうかは分からないが、小説家などは自分の作品について解説をするのは避ける人が多いはずだ。

それがしばしば、自分の作品が不十分であることの証左になったり、言い訳になったりするからであろう。

中田の言葉を聞いていると自分は頑張っているのに周りが駄目だ、と言い続けている印象すらあった。

この番組自体が今回のW杯の結果の言い訳になってしまったようにも自分には思えて残念であった。


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posted by akio |22:59 | サッカー | トラックバック(0)
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2006年07月04日

中田の引退に思う

中田の引退発表は女優さんのできちゃった婚みたいな電撃発表という感じがしたのは自分だけであろうか。

あまりにも唐突で、本当に半年前に決めていたのかという疑問がどうしても払拭できない。

本当に半年前に引退を決めていたのなら、なぜ今まで全くそのそぶりすら見せなかったのだろうか。

最後までそうしたことを考えずに全力を尽くすため、とか、余計な事で世間を騒がせないようになどいろいろな理由は考えられなくもない。


しかし、ここで忘れてはならないのはプロとしての選手の引退だから、代表の試合だけではなく、ボルトンでの選手生活にピリオドを打ったということである。

ボルトンでどれぐらい活躍しているか、ということは自分はあまりよく分からないが、はっきり言ってあまり活躍していないのではないだろうか。

何とか調べた情報ではフィオレンティーナからの一年間のレンタル移籍で一軍で定着するにはいたっていないようである。

中田はイタリアでも試合に出られない時期があったと思うし、それほどイギリスでも活躍してはいないのではないだろうか。


日本代表の試合にしても中田がいなくても、あるいは「いないほうが」勝てるなどと言われた時期もあったのではなかったか。

中田はこうしたことに関しておそらく耐え切れなくなった、ということが本当の所なのかも知れない。


そしてワールド・カップが終わって自分がいまもっとも注目をあびているこの時期にやめてしまえば、自分はある種の伝説とともに選手生活を終えられると判断したのではないだろうか。


あのブラジル戦の後のことは中田も書いてはいるが、試合が終わっても10分近く中田が寝そべっていてもたしか選手は慰めに来なかったはず。

これを見ていた方とすれば中田が「突き放された」感じすら受ける。

そしてそれに対して中田は自分のサイトでいきなり引退を発表という形でこれまた日本のサッカーを突き放してしまったようにさえ見えるのである。


むろんサイトのメッセージには突き放した、ということとは全く逆のことが書かれている。


しかし、中田と同い年、あるいは年上の選手たちがこれを見てどう思ったかは想像するしかないけれど、かなり強力なメッセージにはなるだろう。

そういう考え方が許されるならば、自分は中田の引退の仕方は非常に意味のある引退の仕方であったとは思う。

しかし、たとえば中田が引退したからと言って、中田より年上の選手たちが引退しやすい状況ができるかどうか、あるいはサッカー界全体にとっていいことかと言うとこれまた別の話であろう。


ハーバードにM.B.A.をとりに行くとか、映画の出演がすでに決まっているとかいろいろな話があるようだが、MBAは修士だが、大学に行ってなくてもビジネス・スクールに入れるのだろうか、などと思わず自分は思ってしまう。

しかし、いずれにせよこうした話が出るのは、とにかく中田がもはや世界のnakataだからであるからであろう。

すでにnakataはブランドであって、彼の引退ですら、充分計算された演出のにおいも感じないわけにはいかないのである。

すでに企業の役員もしていたはずのnakataにとってはこれから大学に行くことがそれほど重大な意味をもつとも自分は思えない。


Jリーグではたしか引退後の就職に備えて講習会のようなことをやっていたはず。また自分でこつこつ勉強して司法試験に受かった選手もいたのではなかったか。

nakataが何をするかはもちろん本人の自由であるし、もちろん他の選手と格が違うというのもわからなくはないが、サッカーが純粋にすきとはいえない、とかやっぱりすきだとか言えずに黙々と練習をしているその他大勢の選手のこともこの際いろいろ考えるべきではないかと思う。

そして今後の日本代表のサッカーのことも真剣に考えるべきであろう。


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posted by akio |20:09 | サッカー | トラックバック(0)
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