2008年02月20日

ドリー・ファンクJr.さよならシリーズ開幕戦で感じたこと


日曜日に久しぶりに後楽園ホールへ行った。

ドリー・ファンク・ジュニアのさよならシリーズ開幕戦である。


うん十年前この人の追っかけをやっていた自分としては万感胸に迫る思いで、前日からさまざまな思いが駆け巡った。

正午からの試合開始はプロレスではかなり珍しいと思うが、夜にもう一つの団体が興行を行うからだった。

試合15分ほど前ぐらいに会場に入ると、私の目にドリーの姿が飛び込んできた。


隣に西村とドリーの奥さん、弟子が一人いた。

Tシャツを買った人にサインしていたのだ。けっこうな人ごみであった。


ただし、公式には超満員札止めだったようだが、実際には自分が会場に入る時点でも当日券は売られてはいたようだ。


満員ではあったと思うが、自分がこの会場によく行っていたころは立見席で通路が盛り上がるような感じだったので、その印象からすると「超満員」というイメージはなかった。


かなりドリーに接近してさんざん迷ったが貧乏なので結局Tシャツは買わなかった。


自分が追っかけしてたころ、この会場でも何度となく入り待ち、出待ちをしていたものだった。


本当になつかしい。ドリーが試合前にサインをしていた場所では以前はよく馬場が葉巻をくわえてサインをしていた。

本当に後楽園一つとっても実にさまざまな思い出があり、ここには書けないおっかけ仲間との出会いや別れも経験した。


ファンクスは私にとって青春そのものであった。

でも人生そのものではなかった。


自分では認めたくなかったが、やはりある時期を境に自分もファンクスとは別れたのかもしれない。

テリーの引退そして復活によって自分も友人から馬鹿にされたこともあった。


お笑いタレントのネタにされて、そのネタでファンクスのことを知っているという人にも出会ったりした。


それぞれの人がそれぞれの見方でファンクスを直接・間接知っている。


現在の全日本プロレスをかつての状況と比べるのは忍びない。


最近のマット界に関しては自分はあまり知らない。


けれどもやはりとにもかくにも全日でドリーが引退することを素直に喜ぼうではないか。



と思いたいのだが、やはりいろいろな面で会場で気になったことはある。


プロレスに関してフアンの考え方や応援の仕方などについてあれこれ言っても仕方ないとは自分でも思うのだが、やはり気づいたことの一つとして、立ち見のスペースの両方のバルコニーのようなところに掲げられたあの横断幕はどうだろう。

おそらくというかはっきりとそれは西村に対するかなり痛い批判というか罵詈雑言であった。

ここでそのことを書くのはかえってよくないかもしれないが、あれはあまりにひどすぎるのではないだろうか。

今回のドリーのツアーが実現したことに西村が貢献したようだし、会場でもドリーのそばで西村が手伝っていたことなどを考えれば試合中の本人にも見えるようにあのような横断幕をつるすのは本当に心無い人たちの仕業だと思える。


また試合中の野次にしても西村に対するものはあまりなかったようだが、ひっきりなしにふざけた調子の掛け声が大声で叫ばれて会場では笑いを誘っていたようだけれど、自分は非常に複雑な思いがした。

なにより驚いたのは小島が自分が呼ばれた時に「なんだ」とバルコニーに話しかけたことだ。


自分の目には不快な表情というよりもあれも一種の「フアン・サービス」という風にも見えて実にいやらしい感じがした。


試合のあとでもドリーはサインをしていた。西村も一緒にいて西村もサインをしたり撮影に応じたりしていた。


両国の引退試合に行きたいけどもう自分は行くべきではないと思った。


かなりつらいというか、パーティの切符が買えなかったこともあって悲しい気分だ。


ファンクスの全盛時代のあのテリー・コール、ドリー・コールがなつかしい。


逆にあの頃に会場に足を運べたことは本当によかったとあらためて思う。



追記:この記事はおすすめで紹介していただきました。トラックバックともども深謝しております。




posted by akio |23:20 | 昭和時代のプロレス | トラックバック(1)
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