2007年11月14日
会長
今日は書くことがない。 しいて言えば、黒田、新井を含めた9人がFA宣言し、 その瞬間いきなり阪神が新井に触手・・・って、あぁーーーー!!書きたくない!(泣) 何だ何だ?え?あれは出来レースだったのか?!えぇ、おい?どうなの新井? じゃあ何よ?わしらはアレか?ピエロか?!・・・ ・・・いや、もういい! もうこの事について、ザックリと深〜い詮索なんかしたくないんよ・・・実際。 やればやるほど切ないじゃん・・・僕らは前を向かなけりゃ! だから、そんな事はもういい。 それより今日は、謎の人物「会長」と、僕との関係について書きたい。好き勝手に(笑) ご存知(知らんか?)の通り、僕のアキナガ緒方会内での役職は「副会長」である。 これはつまり、当会には僕の上司たるところの「会長」という人物がいることを意味する。 僕と彼「会長」との付き合いは長い。 中1からだから、かれこれ15年以上の付き合いになる。 彼と知り合った年、奇しくもカープは最後の優勝をとげた。 当時のカープは強かった。何しろ、投手陣が鬼。 当時、僕らみたいなスタンスで応援していたカープファンは幸せだと思う。って言うか、羨ましい(笑) だって、当時のカープはすんごく強かったのだから。 僕ら広島の子供は、 当時のスターたち・・・例えば北別府や大野の投球フォーム、 浩二や慶彦・・・挙げ句はランスの打撃フォームから、 達川のコンタクトを落とした時の仕草まで、完璧に真似できたものである。何の自慢にもならないけど(笑) とにかく、そんなカープ好きな少年2人が知り合った。 僕は当時、西田や片岡のような渋くて勝負強い選手が好きだった(それも野球好きな中坊のガキの趣味としてはどうなんだと思うが(笑))。 しかし彼は、無名の若手内野手(当時)、背番号37、緒方孝市が好きなんだという。 正直、「こいつは只者じゃない」と思ったものだ。 その後の緒方の活躍は言うまでもない。それどころか、39歳になる現在も現役。 彼の先見の明には、頭が下がるところだ。 時は流れ、僕は大学進学&就職などもあり広島を離れた。 彼は広島に残った。離れ離れになり、関係も疎遠になった。 僕はその故郷ではない地で10年近くを過ごした。 もちろんカープファンだったが、 その地の土地柄の事情や、仕事などの忙しさにかまけて、僕も知らぬ間にカープから離れて生活していた。 何しろ、カープを応援しようにも情報がない。スポーツニュースでカープの結果を確認するぐらいしか出来ない。 仕事絡みの接待などでは、カープファンであることを隠す必要すらあった。 そしてさらに時は流れ、僕は色々あって会社を辞め、広島に帰った。 そして、会長と再び行動を共にするようになった。 会長ももちろんカープファンを続け、一人でライトで声援を送っていたようだが、 近年の弱いカープに、いつも嘆き節は絶えなかった・・・ 今にして思えば、ここで既に、僕らのカープへの熱い思いは復活しつつあった。 しかし・・・その年のカープは、山本浩二の退陣とともに、ついに最下位に沈んだ。 年は明けて、ある時、久々に会長とカープの試合を観に行く事になった。 こんなのは何年ぶりだろうか。 レフトで、何の緊張感もなく、ビール片手にまったりのんびりカープを観ていた。監督が外人になっても相変わらず弱いカープを。 その試合で、ブラウンが一塁ベースを投げた。 ・・・その瞬間、僕らの中で、何かが弾けた。 止められない熱い思いが甦り、そこからは早かった。 すぐにライトに復帰(笑)し、カープには声援を、敵には野次を送った。僕に関しては10年分の歓声と野次を。 逆転勝ちした試合後、彼は何と半泣きで、そして僕にこう言った。 「おい、K、わしらは一生、カープを応援しよう。もう迷うまいや。わしらの誇りなんじゃけぇ、わしらが強くしよう。カープを優勝さそうや」 僕にも迷いなどなかった。望むところだったから。 現在、それに同調してくれる仲間たちとともに、カープ戦参戦以外にも色々イベントなどやっている。 ブログを立ち上げたのに、コメント以外全然書き込みもしない、いい加減な会長(笑)だが、カープ愛ならどこの誰にも負けない。それは、僕らが一番知っている。 彼こそが僕らのシンボルだ。 彼がいる限り、アキナガ緒方会は不滅である。 そして僕らは、命ある限り熱狂的カープファンだ。他のチームなんかどうやっても応援できない。無理。それだけは間違いない。 もし来季、市民球場のライトで僕らを見かけたら、「馬鹿がまた来とるのー」って、苦笑いしてください(笑) その中心には、緒方のプロモデルの下に、ヨレヨレの「英心」Tシャツを着てる、僕らの会長がいる筈ですから(笑)
posted by 副会長K |03:26 |
コラム |
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この記事に対するコメント一覧
会長
いいですね(笑)。山本浩二がベンチ前のお立ち台で、両手を空に突き上げて涙を拭おうともせず叫んだ初優勝の時。あれを忘れない限り(無理)生涯カ-プなんですよ。その前のどん底時代を思えば、今はまだささやかでも希望が、夢が持てる陣容です。所詮出来レ-ス隠しのサル芝居なんかはうっちゃっておいて、来期を目指しましょう。もし黒田君が残ってくれたら、それは私達への神様からの贈り物でしょう。
posted by 普通の地元のおっさん | 2007-11-14 08:52
会長
僕の生まれた年に優勝したので僕は優勝の瞬間を見てないんですよね~。
物心ついてカープファンになった頃はすでに暗黒時代でした。
初めて市民球場でみた試合では金本が四番でした
でも六番の新井の方が良く打ってました。
翌年金本がいなくなり(何故いなくなったかは分からなかったし考えなかった)新井が四番になりました。しかし新井の成績はどん底に陥りました
そこから新井を特に一生懸命応援しだしました。
そして新井はセリーグを代表する右打者の長距離砲になりました。
その新井がFAしあたかもすでに阪神の一員のよう。新聞には阪神の若手が『ポスト新井』と来てもいない選手がいなくなった後のことを書いてます。
なんだか寂しいです。
posted by p | 2007-11-14 16:50
会長
9月には新井が阪神いくのきまっとったで。
オーナーきとったで。みな茶番で。街のカープ関係者のなじみの店じゃみなあいつの文句いいよったで。
緒方えーよね。足がはやいけーファミスタでもつかいよったわ。
posted by 情報源は運転手 | 2007-11-14 18:39
会長
カープが東京に来たときはだいたい六本木で嶋選手を見かけました。いつも美女を連れてましたが、仕事上のお付き合いの飲みで、嶋選手本人は奥さんを大事にする真面目で良い人という評判です。あっ、勿論、赤ゴジラの方で、サンフレッチェの嶋ではありませんよ~。
4番は嶋か、栗原か、外国人か、ブラウン監督は選手に4番を勝ち取るよう檄を飛ばしているようですが、まあ皆さん頑張ってほしいもんですね。
私は何と言っても隠し球の名手、木下さんが好きです。
posted by わかランス | 2007-11-14 19:35
会長
僕もカープが大好きです
小2のころから野球にはまりましたが、その年は4位(曖昧)だった気がします・・・
小学生の頃金本・ロペス・ディアスの3者連続ホームランを見たのが自慢です
僕は一度もAクラスに入ったカープが見たことないのでしっかり応援して日本一になるときをみたいです!
posted by 禄助 | 2007-11-14 20:24


