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コラム「9秒台が期待される桐生祥秀 国内初戦の敗北をどう見るべきか?」text 寺田辰朗

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■テキサスの9秒87(追い風参考記録)で高まった期待

桐生祥秀(東洋大)の織田記念は、言い古された言葉ではあるが、心技体が整わないとスポーツでは成功しないことを示していた。今の桐生でいえば日本人初、黄色人種でも初となる100 m9秒台が、である。



初日(4月18日)の200 mは3位で20秒80(追い風1.5m)。昨年1試合だけの出場だった種目であり、レース勘が鈍っていた可能性もあった。だが、2日目の100mも2位タイで、記録は10秒40(向かい風0.2m)にとどまった。

今季の桐生は3月28日に米国テキサスで100 m9秒87をマークしていた。追い風3.3mの参考記録ではあるが、公認条件(追い風2.0mまで)でも9秒台の力があるのは明らかだった。3週間後の織田記念は例年、100mで好記録が量産されている大会。反発の強い硬めのトラックと、直線的に吹く追い風が選手をアシストすると言われている。9秒台を期待するボルテージは高まる一方だった。

ところが織田記念100mの桐生は、序盤でベテランの塚原直貴(富士通)に先行を許し、得意の加速局面でも抜け出せなかった。そして後半で、ジャマイカ人の父を持つケンブリッジ飛鳥(日大)にも逆転されてしまう。

雨と低温のため、記録が望めるコンディションではなかった。だが、9秒台の力がある選手が国内レースで負けた。桐生の力をどう評価すべきか。陸上記者たちを悩ませる結果だった。

■本来の桐生ではなかった技術とメンタル

レース後の桐生は、走りの技術面について次のように振り返った。 「加速に乗っていく中盤で、体がやたらと上がって(浮いて)しまいました」

東洋大の土江寛裕コーチは「200mの影響が少なからずあったのでは」と分析する。 「テキサスから帰国して、ピントがぼけたトレーニングになってしまった。200mへの準備のため長い距離のメニューも入れたのですが、桐生は『質の低い練習』と2日前の会見で言いました。もう少し100mに向けてやってもよかったのかもしれません。昨日の200mでは後半で、体が突っ立つような走りになってしまい、その影響が今日の100mにも出てしまいました」

メンタル面でも、テンションが少し低かった。100mはスタートのやり直しがあったが、桐生は「1回目のスタートで、体が重いと感じてしまいました」と話している。前日の200mではレース中に「(久しぶりの200 mで)長いな、と感じてしまった」という。

昨年の関東インカレや日本選手権など、レース前の桐生はスタッフさえ寄せ付けないような集中モードだった。同じようなモードに入っていれば、否定的な気持ちは普通に抑えられたはずだ。

■織田記念での“違和感”

それにしても、である。織田記念の桐生にはどこか、“違和感”があった。

違和感とは、選手が脚などに痛みとはいえないまでも、何かしらの不安を感じたときに使う言葉であるが、織田記念では桐生の走りやコメントに、それが感じられたのだ。

レース直後の会見で桐生はこう話した。 「マイナスのことばかり考えてもモチベーションが下がります。今回はこれでやり切った、と思うしかない。やり切りました」 普通の敗者とは何かが違った。

桐生に感じた違和感の理由は、心技体の“体”の部分にあった。大会前日の練習で左脚に“違和感”を感じていたことが、レース数日後に明らかとなった。200mで故障をした昨年の日本インカレのこともあり、土江コーチは欠場も考えたが、桐生自身が強く出場を望んだという。

■故障を直前で回避する力

ここでまた疑問が生じる。

代表に決まっていたアジア大会を欠場するなど、昨年の桐生はシーズンを通して故障に悩まされた。今季は「世界陸上(8月、北京)で、ケガをしないでラウンドを重ねることが一番の目標」と、故障をしないことを最大テーマにしている。

推測になるが、桐生は多少の“違和感”があってもレースを乗り切ること、を試したかったのではないか。あるいは、乗り切らなければいけない、と考えた。そう解釈すると、「今回はこれで、やり切った」というコメントが、違和感なく理解できる。

前向きではあったが、“体”への不安を心の片隅に抱えての出走になってしまった。それが200mのレース中や、100mのスタート仕切り直し時に、自身に対して後ろ向きの感じ方となって表れた。技術的な狂いにもつながったと考えられる。

陸上競技はケガと戦う競技でもある。故障の少ない選手はいるが、金メダリストでも世界記録保持者でも、例外はない。自身を極限まで追い込み、故障と紙一重のところでパフォーマンスを行っているからだ。日本人にとっての9秒台は、間違いなくその領域になる。

だが今季の桐生はそこを克服しつつある。これまでは自己記録やそれに近いタイムで走ると、体のどこかに変調を生じていた。それがテキサスから帰国時には「レースが終わってどこにも痛みが出ていません」と、笑顔で語っている。織田記念もリスクを怖れるのでなく、どうしたら走りきれるかに挑戦した。

テキサスの追い風参考記録の9秒87も、織田記念の敗戦も、今季のテーマを実行に移して成果を得た、という見方も可能なのだ。

織田記念後の桐生はバハマの世界リレー選手権に遠征し、4×100mリレー(5月2日)の3走として銅メダル獲得に貢献。5月10日のゴールデングランプリ川崎は日程を考慮して欠場し、5月14日からの関東インカレに臨んだ。 大会初日の4×100mリレーで爆走したものの、2日目の100m準決勝で大腿二頭筋に「攣(つ)った感じ」(土江コーチ)が出て100%の走りができなかった。決勝は、桐生自身は出場を訴えたが、トレーナーによるチェックでも左右差が大きかったため、土江コーチが棄権させた。6月のダイヤモンドリーグ・ニューヨーク大会と日本選手権には予定通りに出場するという。 国内2大会が不完全燃焼になっているが、今季の桐生は昨シーズンと違って大きな故障を回避している。持ち味である爆発力を発揮したのは追い風参考のテキサスとリレーだけだが、いずれ公認条件の100mでも本来の走りを見せてくれるだろう。

<著者紹介> 寺田辰朗(てらだ たつお) 陸上競技専門のフリーライター。陸上競技マガジン編集部から2000年に独立。 フリーとなってからは、日本選手権やスーパー陸上などトラック&フィールドの大会から、福岡国際マラソンや国際千葉駅伝などのロード競技まで、国内主要大会はほとんど取材している。 専門誌出身の特徴を生かし、陸上競技の詳しい情報、陸上競技ならではの面白さを紹介することをライフワークとする。一見、数字の羅列に見えるデータに潜む人間ドラマを見つけだすことは得意中の得意。地道な資料整理など、泥臭い仕事が自身のバックボーンだと思っている。            

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