2011年10月06日
初めまして、モンタナ州ミズーラに住んでいる西尾友滉(ニシオ トモヒロ)と申します。今回から学生ブログに参加させて頂くことになりました。
今回は自己紹介をさせて頂きます。
私は愛知県名古屋市の愛知工業大学名電高等学校を卒業後、同じく愛知県の中和医療専門学校柔道整復科に進学し、四年後卒業と同時に国家試験に無事合格し、柔道整復師の資格を取得しました。
その後、就職しようかと考えましたが、アメリカでアスレティックトレーニングの勉強をしたいと決意し、先ずは語学学校で英語を勉強するため、2006年11月にオレゴン州ポートランドの語学学校に入りました。その時に、ポートランド州立大学でアシスタントアスレティックトレーナーとして働いていた日本人の方と出会いました。その方はThe University of Montana(以下UMにて略)の卒業生で、その方からUMのことを聞き、大学はUMに行こうと決めました。
しかし英語の勉強は思い描いた様に簡単にはいかず、先ずはコミュニティーカレッジに進むことに決めました。コミュニティーカレッジはワシントン州ベルビューにある、Bellevue Community Collegeに進学し、2年間の勉強を経て昨年2010年8月にUMに編入しました。
今年は念願のアスレティックトレーニング学部を専攻することは出来ず、現在はCommunity Health学部に3年生として在籍しております。Health and Human Performanceの分野にはAthletic Training、Exercise Science、Community Health、そしてHealth Enhancementという学部があります。
あと2年この学部で奮闘していこうと思います。その中で自分は将来どういうことを本当にしていきたいのかを意識しながら日々精進していきたいと思います。
よろしくお願いします。
The University of Montana
西尾友滉
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2011年10月02日
似たような素質を持った2人の人間がいたとしよう。
一方は小さい頃から家庭でも学校でも英才教育の方針のもと育ち、
もう片方は、勉強面でも部活動でも自由放任型の教育を受けて育つ。
どちらも高校の部活でバスケットボール部に入ったとする。
元々センスのある2人。
1人はシュートフォームからフェイクの入れ方、
個人技に纏わるありとあらゆる技術・戦法を
手取り足取り教え込まれ、
もう1人は、“君は自分で道を見つけて上手くなる人間だよ”
と信頼されているが故の放任主義のもと育つ。
ここで大切なのは、教育方法の善し悪しではなく
お互いの長所に着眼することだと思う。
英才教育を経た選手は、
呑み込みが早く堅実で周りに信頼されるバスケット選手に。
自由放任のもと育った選手は、
目ざとく応用力に長け、周りに期待されるバスケット選手に。
ここまでは最近帰り道の運転中にふと思ったことだが、
大事なのはここから。
よく話題に挙がる、短所を補うことが成功への秘訣なのか、
短所に構わず長所を伸ばすことがいいのか。
これは運動に関わらず、勉学、ビジネス、自分の性格
何にでも当てはまることだと思う。
つい最近読んだ本“Coming Back STRONGER”(Drew Brees, 2010)に
凄く僕自身の考えにしっくりくる言葉があった。
著者のBreesは2010年2月にNFL New Orleans Saintsを頂点に導いた
Quarter Back(司令塔)である。
覚醒前の彼にコーチが
“あるピッチャーの肩の前の筋肉がMax時速160kmを越える強さを持っていて、
肩の後ろの筋肉がMax時速130kmの強さしかなかったとしよう。
このピッチャーは最高速度何キロの投球ができると思う?”と。
答えは時速130kmらしい。この有名なコーチ曰く、
“You are only as strong as your weakest link.”
(君の弱点の最大値こそが、現時点での力量だよ。)
もちろんこの意見の取り方は人それぞれ。
ある人は長所だけを追い求めた先にある頭打ちを懸念し、
まだ見ぬ短所の世界の視野を広げようとする。
またある人は長所が短所を補う程にまで極めると誓う。
一つだけ言えるのは、自分の向き不向きや社会の需要を見極める力、
そして自分に正直になることが大切なことだと思う。
先に見据えるものの為に無理をする価値があると信じるなら
苦手な分野にも足を踏み入れる価値は大いにあるだろう。
はたまた、短所を補うが故に長所が乱れ
自分の輝きがくすむようなら
立ち止まって振り返ることもいいだろう。
ただ、一つだけ心に留めて置きたいこと。
そう、
一度切りのこの人生を誰にも真似できない、
自分にしかできない生き方を貫く。
Put everything you got in one shot.
これほど楽しいことは他にない。
川田圭介
Temple University
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2011年09月03日
Go on… I’ll catch up.
勉学、本、登山や映画の中でよく見聞する言葉、
“Go on… I’ll catch up.”(先に行って、後で追い付くから。)
仲間に向かって先に行ってと言う理由は様々だろうが、
どれだけの人がその後に残った人間の孤軍奮闘ぶりに目がいくだろうか。
そこには、“おっ、やっと追い付いたか。”だけでは終われない、
皆の知らない苦労と言うものが必ずあるものだ。
上の写真を見て想像してもらいたい。
途方もない数の大きな階段。
始めは友達や家族と共に登りだしたはいいものの、
中には息が切れたり膝が痛くなったりする人も出てくるだろう。
もしそれがあなただったとしたら?
自分のペースに合わせて登る仲間に“Go on… I’ll catch up.”
と言いきり一人になったところからの葛藤。
そう、その孤独な戦いこそが、
“海外留学”という言葉の本当の意味だと僕は思う。
人の苦労話ほど自慢話に聞こえるものはないが、
留学当初は誰もが、多かれ少なかれ自分との戦いを強いられる。
そして、必ずしも全ての人が階段を登り切り、
仲間に追いつけるわけではないのも事実。
現に、戦場で退却時に殿(しんがり)を務め、
信長に“Go on. I’ll catch up.”と言い放ち見事任務を果たし
無事生還した秀吉が昨今評価されているのも、
誰も知らないところでの彼の死に物狂いの努力と知恵があってこその結果である。
今学期からフィラデルフィアに位置するTemple Universityにて
解剖学を4クラス、124人を相手に教えることになった。
僕が大学時代に一番苦しみ、一番好きになったクラス。
僕も大学2年生の時に、授業中だけではラテン語の羅列のような
人体組織の名称などとても覚え切れるわけはなく、
幾度となく皆のペースから一人離されては追いつき、離されては追いつき。
そして1学期が終わった記憶がある。
1学期間にテストが8つという、
理系専攻者にとって避けては通れない鬼門であるがゆえであろう。
今日のクラスの中で、一人の生徒が困惑した顔をしていたので
“Are you with me?”(ついてきてるかぁ~?)
と問いかけたところ、
“Go on… I’ll catch up.”
と返事したのを聞いて、どこか彼の姿が3年前の自分と重なって見えた。
後に残された、誰かを、そして何かを守るために残った人間。
留学生活中に必ずと言って対面する自分の真価。
なぜ自分はここで踏ん張っているのだろう。
どうしてここまで苦しい思いをしているのだろう。
それは、何よりも素晴らしい海外留学が自分に課した課題。
遅れたって構わない。その気になればいつでも追いつき追い越せる。
負けたって構わない。“今”の自分には勝てないだけだから。
人生はその為に何十年もあるのだから。
川田圭介
Temple University
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2011年08月06日
泳ぎ方を知らない人間をプールに突き落とした場合どうなるか。
凄く酷な例えではあるが、新たなことに挑戦するにあたって
非常にユニークであり、尚且つ劇的な向上が見られる考え方の1つ。
巷でよく言われる
Be Comfortable with Being Uncomfortableという言葉。
言い換えると“居心地の悪い状況下に心地よくあれ。”
新しい仕事、新たな役割や責任、未開の土地に足を踏み入れた時、
期待感ややる気の陰に潜む、見えないストレスや張りつめた緊張感。
そういった状況下で人は成長が著しく、呑み込みも早くなり
時に劇的な変化をも見られることもある。
Temple Universityでの大学院生活がスタートし、
7月下旬から院生のオリエンテーションやミーティングの中で
色々な教授・学生に会い、話す機会がある。
僕が教鞭を持つことになる大学1・2年生を対象にした解剖学のクラス。
その学科を統括する教授が僕の履歴書を手にひと言目に放った言葉
“I can see you gain great swimming skills.”と。
(泳ぎがうまいのが分かるよ)
反応に困った表情をしている僕を見て、
“泳ぎ方を知らない人をプールに突き落としたらどうなる?”
一呼吸置いた後、
“ほぼ誰一人溺れ死なない。”
人は何とかして、死に物狂いでプールサイドに辿りつく。
例え泳ぎ方が不格好であっても。
ただ、そういった状況に身を置く人間はあまり多くはないとのことだった。
言われてみると凄く身近にいい例えがいることにも気付く。
ヘンダーソン州立大で一番仲の良かった一つ下の学年の2人。
彼らとは凄くいい影響を与え合い、よきライバルでもあった。
彼らは強制もされていないのに一人で
東海岸地区のトレーナー総会に出席し、孤軍奮闘してきたり、
夏休みを利用してタイまで飛び、現地でタイの古式療法を学んできたりと。
そして溺れ死ぬことなくプールサイドまで辿りついた彼らも今、
1人は僕が去年経験したNFL Detroit Lionsで、
もう1人はMLB Texas Rangersでのインターン真っ只中である。
昨今変わらず大学のネームバリューが重視される中、
決して大きくなく、有名でもないヘンダーソン州立大学から
同時期にプロでの経験が詰めている彼らを見ていると教授の例えがよく分かる気がする。
臨床に重点を置いて戦ってきた自分も
今や完全に研究・教育の方向にシフトした大学院生活。
事実、NFL・MLB・MLS・ESPNでの経験から得た武器が
ほとんど通用しないと言っていい分野での戦い。
そして教授が続けて言った言葉。
“But I’m going to have to drop you into the ocean this time”
(でも今回君には海に落ちて這い上がってきてもらうよ)
満足するには数十年早いこの人生。
人生、それは邂逅。人との出会いが新たな門出。
川田圭介
Temple University
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2011年07月28日
あれからどれだけ成長したのだろう。
この7月を持ってアメリカ生活も5年を終了、そして6年目へ。
18歳で高校を卒業するとともに渡米、そして今23歳。
昔より賢くなったからなのか、臆病にもなった。
情熱的でがむしゃらさが売りだった自分にも、
物事を順序立ててこなす余裕と冷静さが備わった。
英語は上達したが、低下の一途をたどる母国語。
何を持って、何を評価し成長と言うのだろう。
ただ、目指すものがどんなに大変で不可能に近いことであっても、
世間体を気にせず、嘲笑にも笑って返せる自分が今ここにいることが
唯一感じられる己の成長。
5月中旬から6月下旬まで、久々にゆっくりとした里帰りとなった。
6週間もの間、意図的ではないにしろ
自分の専門分野にほとんど関わることなく過ぎた時間。
振り返ればあれで正解だったように思う。
大学に入学した5年前、大学卒業そして
フロリダでの5ヶ月のインターンを走り抜けて来た僕には価値のある休養だった。
今も昔も変わらない親の支えの元、今の僕があるのだが
やはり実家がある、帰るところがあるというのは当たり前のようだが、
どことなくそうでない気もする。
18歳で神戸を離れ、5年後の23歳でフィラデルフィアにある大学院に行くとは
全く想像していなかった。
そんな僕には、今から5年・10年後の自分がどこにいるのかなど
想像すらできない。
アーカンソー州を拠点に、ネバダ州リノ、カンザスシティ、
ニューヨーク、デトロイト、フロリダ州オーランド、そしてフィラデルフィア。
転々と渡り歩く旅に素晴らしい出会いもあった。
そして、自分自身強くもなれた。
この先僕がどこに腰を据えるのか、どういった行動にでるのか
結果よりその過程で学ぶことを大切にしていきたい。
ただ自分に息子・娘ができた時、
彼ら彼女らが心置きなく帰れる実家というものを
守れる男にはなりたいものだ。
川田圭介
Temple University
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2011年05月07日
5年も前になるだろうか、
アメリカに来て一番嬉しかった出来事。
友達が1人できたこと。
日本での高校時代、友達作りなど造作もないことだった。
現に友達を作ろうと努力するものでもないことだと。
アメリカの大地に降り立ったがいいものの、
言葉の壁、文化の壁、価値観の壁。挙げればキリがないほどの困難。
本当に難しかった。凄く努力した。
たった1人、友達を作るのに。
友達ができた時の嬉しさは言葉にはできない感動と安堵感。
忘れてはいけないあの感覚と、今の基盤になっているその努力。
1月3日から始まったフロリダ生活にも幕を閉じる時が来た。
ESPN Wide World of Sportsというアメリカ切ってのスポーツ施設ゆえに
色々なスポーツ、人種、そして個性と出会うことができた。
共に働き通した仲間達。
今となっては言葉の壁も文化の壁も、ほとんどと言っていいほど感じなくなったからなのか
アメリカ人の中に日本人ポツりという環境でもごく自然に、
そして対等に強い絆が結べるようになった。
5年間で何が変わったのか。
環境に順応したし、英語力ももちろん上がったが
また違うところにアメリカに馴染むコツがあるように思う。
一番大切な要素は、どれだけ個性を出せるか。
ESPN WWSでの仕事が終わりに近づいた頃、
“将来雇用スポットに空きが出た時の為に”
という内容でこの場所を統括する、雇用主でもある
ケリーという人との個人面接が行われた。
実際、終了後に上位1から3番手まで名前が挙げられるという
緊張感たっぷりな面接だったのは確かである。
質問は凄く的を得ているものから、興味深いもの、そして心理を探るもの。
素晴らしく構成立てられた質問の数々。
例えば、成功の定義を自分の経験を元に。自分が雇用主なら自分以外の10人の中で誰を雇うか。コーチと選手の間に立ってのシナリオ。
最後の質問を前にケリーはこう前置きをした。
“実際社会に出てこういった質問をされることは稀です。でも、もしこのような質問をされた場合、よくよく考えて答えなさい。”と。
そして、こう質問を続けた。
“あくまで仮定の話ですが、明日地球が滅亡するとします。一つだけ願いが叶えられるとしたら何を望みますか。”
と。
面接も無事終了し、ケリーが11人全員を集めて面接のコツや
履歴書の書き方について説明し、最後に上位3人の名前を言い、その理由を話した。
ケリーが念を押して僕たちに言っていたこと。個性豊かな質疑応答。
ありがたくも僕の名前が1番手に挙がり、
駄目押しとなった理由は最後の返答にあったと言った。
ケリーは皆に向かって、
“Keiは最後の質問を聞き、少し笑ってこう言いました。”
“もし明日地球が滅亡するなら、エマ・ワトソンとランチがしたいです。”
と。
(注:ハリポタのハーマイオニー役)
10人中7人以上は家族や恋人との時間をベースに答えを構成するであろうこの質問。
しかし、面接官がこの質問で求めているのは
家族愛や恋人を大切にする心の有無ではなく、どれだけ個性のある返答ができるか否かだと思う。
5年目に突入するアメリカ留学生活。
友への感謝、そしてここで出会ったありがたみを忘れず
次なるステップを踏み出す。
5月10日から実家の神戸で1ヶ月と少しの間羽を伸ばし
Temple Universityのあるフィラデルフィアへと。
生き急ぐ必要はない。ゆっくりじっくり。
Take Your Time, Don’t live too fast.
川田圭介
Temple University
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2011年04月14日
“Know Your Limit”
忘れられないこの一言。
かつて恩師に諭されたおまじない、自分の限界を知れ、と。
アメリカという広大な大地に足を踏み入れたがいいものの、
いかんせんアーカンソー州という土地柄、
心なしか鎖国的な文化の中で大学時代を過ごした。
外が見たい、このままでは駄目だという思いに駆り立てられ、運と周りの助けもあってか、
NFLとCSMF Leadership Conferenceと今いるESPN WWSで、
全米から文字通り選りすぐりの同年代のAthletic Trainerに出会い、共に働く機会があった。
それぞれ3つの経験の中で1人は出会うものだ、ダントツ凄い奴に。
そして心から認められる人間に。
NFL Detroit Lionsのシーズンインターンだった彼には、
仁徳、プロ意識、そしてあくなき向上心が。
彼ほどプロスポーツでの仕事が似合う人間はいないと感じた。
CSMF Leadership Conferenceで出会った年下の彼は、
ずば抜けた賢さとそれを駆使し、組織をまとめ上げる手腕が。
3日目の会議の時にはそれが明らかだった。
ESPN Wide World of Sportsで共に働く彼女は、
自分の欠点を理解し、それを補う努力と、陰で組織を支えるうまさを。
僕が心底尊敬する同世代のAthletic Trainer。
この3人がなぜ僕の目に明らかに他のメンツと違って見えるのか。
時間が経った今でも、こうも彼らの言動が頭に焼きついているのか。
答えは単純。
自分の力量を差し違えることなく、
自分に出来ること、そして出来ないことをはっきりと理解している人間。
よって素直に相手を認め、学び、吸収しようとする姿勢。
もちろんこれは個人的な物差しで測っていることであって、
人それぞれ重きを置くところも違って当然。
だが僕自身それらが全く出来ていなかった人間の1人。
MLS Kansas City Wizardsでのインターン中にかけてもらった恩師の一言。
“Know Your Limit”
歳を重ねるにつれ、自分の誇り、資格や学位、
くぐってきた修羅場の数を鼻にかける自分。
相手の短所にばかり目が届き、
相手を素直に認められなくなることもある。
そんな時、必ずと言って思い出すこの言葉、Know Your Limit。
自分の限界を知れ。そうすると自分の出来ること、出来ないことが明確になる。
どこに行っても上には上がいるものだ。
歩みは止められない。まだまだ立ち止まる段階でもない。
これだから人生はおもしろい。
川田圭介
Henderson State University
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2011年03月10日
一生の間に、
どれだけの人が死に物狂いで努力したことがあるだろうか。
今でも鮮明に覚えている。
大学卒業後は即、日本に帰り就職する。
そう決心してアメリカ留学をスタートした。
当時の心境と今の心持ち、全く違っているのは明快。
色々な要素が積み重なって今の僕があるわけだが、
きっかけは1つの映画。
The Pursuit of Happyness (邦題:幸せのちから)
どん底を見て、並の人間では乗り越えられない苦難を経て
ようやく勝ち得た1人の枠。
目標を達成した後のウィル・スミスの喜びを噛み締める表情、仕草。
どれだけの人がそれに似た経験したことがあるだろうか。
今働いているESPN Wide World of Sportsのコンプレックスで
一日だけ女子新体操をカバーする機会があった。いつもの野球やサッカーとは打って変わって。
明らかに従来の大学生の年齢からはかけ離れたルックスの
とある大学の新体操選手がいた。
その選手は待ち時間中、終始落ち着かない様子。
僕が待機している近くでそわそわしては“私はこの場にいるべき選手ではないのに。”
と不安をこぼしていた。
“一生懸命練習してきたんでしょ?なら後は、もう一度だけ一生懸命やればいい。”
と声をかけて送り出したものの
彼女の手と足が震えいたのが歩いて行く後ろ姿からも見て取れた。
演技自体、周りにいる全米トップクラスの大学生と比べると明らかに劣るが、
曲が終わり最後のポーズを取った後の彼女の顔。
同じ表情をしていた。
あの映画のエンディングのウィル・スミスと。
うれし涙を流しながら僕の前で“thanks”
と小声で言いロッカールームに消えていった彼女。
感謝したいのは僕の方だった。
今までに苦しい思いも努力もしてきた、しかし
まだ死に物狂いになったことはない。
そして、
彼女のような表情ができたこともない。
勝てば官軍の世の中になりつつはあるが、
僕はどうしても、死に物狂いで努力し苦しみ抜いたその先にある
自分の感情・表情が知りたい。
それを達成するのに場所は関係ないと思う。
日本とアメリカ。土俵は同じ。
未だに言い訳や他人への愚痴が頭に浮かぶ僕にとっては
厳しく長い挑戦になるだろう。
一度きりのこの人生。
一度くらいは死ぬ気で勝負したいもんだ。
川田圭介
Henderson State University
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2011年02月23日
己を一言で表すならば。
今までアメリカで受けた電話面接は10回程度。
その中で最も印象的な質問。
去年の今頃Detroit LionsのAssistant Athletic Trainer
Chris Curranから投じられた全く予期していなかった質問。
己を一言で。
緊張と電話面接という圧迫感からか、すかさず口をついて出た言葉
Possibility
思わず口から出た言葉に、驚くほどしっくりきたのを今でも覚えている。
AmbitiousでもEnthusiasticでもDecisiveでもなく、Possibility。
大学院へ進学するにあたって深く悩んだ時期があった。
日本の大学院、又はアメリカの大学院。
今も昔も公平な目で見たとしても、どちらにも同じだけ長所と短所があるように見える。
抱え込んだ悩みを胸に1年半ほど前の夏、とある日本の大学の教授を訪ねた。
その教授は胸いっぱいの思いを話す僕相手に、
目をそらすことなく一語一句飲み込むかのように聞いてくれた。
悩みの内容は、アメリカからの引き際・家族・将来の仕事・社会的年齢。
ざっとこんなところだろう。
話を聞き終えた教授が僕に諭してくださったこと。それは、
“自分の中に潜む、可能性に満ち溢れた情熱に嘘をついているようにしか聞こえないよ、川田君。”
と。
そして、
“何も恐れることはない。自分が行けると思う所までがむしゃらに行けばいい。”
とまで添えてもらった。
当時の僕に最も必要だったことを的確に指摘し、前を向く勇気を与えてくれた大事な言葉。
自分の可能性に気付かせてくれた大切な出会い。
今も昔も日本人に付いて回る社会通念の一つ、Social Age。つまり社会的年齢。
22歳大学卒業そして就職。26~28歳結婚そして子供。35~38歳マイホーム。
僕自身、この深く根を張った“社会の当然”に嫌という程悩まされた。
海外留学をしている者にしからず、日本の大学を出た者も
この軸からたった1年ずれることの恐ろしさや
周囲の目、将来への不安と向き合って生活していることだろう。
留学をするに当たって常に半年先の計画を立て、夜な夜な調べ物をし、
先手先手で勝負してきたこの4年半。
今までに経験してきたこと、
大学編入・プロでのインターン・Scholarship・大学院への願書。
常に先を見据えてせかせか動く僕の一番好きな動物。
チーターでも鷹でも犬でもなく、
亀。
彼らほど今と言う時を噛み締めゆったりしている動物はいない。
一歩一歩踏みしめ、周りにとらわれず自信を持ってゆっくりゆっくりと。
タフに生きよう、幸せに生きよう。
そして、感謝して生きよう。ゆっくりゆっくりと。
川田圭介
Henderson State University
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2011年02月09日
点が線で繋がるというのは正にこのことだろう。
年も明けて既に1ヶ月が経った今、
僕は無事Henderson State Universityを卒業し
フロリダの心地よい風にこうして身をゆだねている。
1月3日から始まったESPN Wide World of Sportsでの仕事。
全米から集った仲間はざっと10人、
十人十色とはよく言ったもので、それぞれ個性、興味、そして目指すものもまちまち。
過去の経験の賜物か、相手の力量・知識・経験を推し測るよりも、
相手の優、つまり相手が持っていて僕に欠けているものに
自然と目が向いているのに気付けた。
全ては偉大な恩師や先輩方が未だに遥か雲の上の存在に感じることが一因だろう。
僕の芯に至る部分にあるモットーとも言える言葉がある。
そして偶然にもついこの間、上司がさらりと皆に諭した言葉。
“Don’t be afraid to make a decision.”
アドバイスは得られるだけ得る方がいい。
知識は深められるだけ深める価値がある。
夢は広がるだけ広げればいい。
しかし、それらはほんの準備段階。
人はしっかり理解している。
決断という赤いスイッチを押すのにどれだけ勇気がいることかを。
人はしっかり先読みしている。
失敗した後の危険性と恐怖を。
ほんの一握りだろう。成功した時の達成感と幸福感を先読みできる人は。
2月も始まって間もない頃、ようやく僕は吉報を得た。
Temple Universityからの大学院合格通知。
色々な大学を調べ、色々な人から情報を得て僕がとった手は、
第一志望請願。
4・5校に願書を出すのが普通、というかそれが勝利の方程式。
むしろGraduate AssistantやTeaching Assistantを得るにはもちろんのこと。
しかし僕は始めからTemple University一本。
口が裂けてもいい見本とは言い難い行為を自信を持ってした。
僕の友達が同じことをしていたら、
間違いなく笑い飛ばしている、もしくは真顔で考え直せと言っているだろう。
全ては僕の新たな、それはそれは大きな大きな挑戦の為。
大学教授への道。
それには今の僕にはTemple Universityが一番だと感覚的に判断したまで。
そしてそう決断した。
家族、高校時代の恩師、MLS・NFL・ESPN の経験、
数々の点が振り返ると線で繋がっている。
故に今の自分が自分であって、
これからの自分が自分でいられるのだと思う。
イチロー選手のように、
“線で追って点で打つ”の様な天才的な眼力は全く持って兼ね備えていないが、
色々な人からの助けを得て、暗闇にぼんやりと光を見つけられたそんな吉報、
テンプル大学・大学院合格。
“Don’t be afraid to make a decision.”
この言葉の意味の取りようは人それぞれ。
なぜなら
この言葉の後にもしBecauseで文を繋げたとしたら、
この一文が凄く大きな意味を得るはずだから。
決断することを恐れるな、
なぜなら・・・
川田圭介
Henderson State University
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