2007年04月17日
ツインズ戦でミネソタに来ていました。事後報告ブログです。
今回の4連戦では、取材以外に大きな”ミッション”を抱えており、ツインズで最も忙しい選手を捕まえる必要がありました。
・・・なんて書くと大げさですが(すみません)。ヨハン・サンタナ投手に挨拶しようと思っていたんです。
サンタナにどうしても日本のニュースを伝えたかったのでした。日ハム守護神、マイケル中村選手が8日に右肩痛で戦線離脱しましたよね。サンタナとマイケル両投手は共にツインズのマイナーチームで育った仲。投手仲間ですし、気になるんじゃなかなと思って。想像通りサンタナは「そうなの?」と目を大きくして矢継ぎ早に”取材”開始。
「ナッキーの具合はどう?」
「どこがどう悪いの?」
「日本にもいい医者は?・・・いるだろうけど・・・」
「何かあったらいつでも言って、と伝えてくれる?」
「あ、心配してる、とも伝えてくれる?」
「それから、近いうちに会いたいなっていうのもさぁ・・・」
ええっと、メモ、取った方がよろしいでしょうか・・・
とりいそぎ、マイケル中村選手!
サンタナ投手がミネソタでとても心配されていまーす!!
以前、興味深い話を聞いた事があるんです。
03年の話だそうでうすが、2人がチームに呼ばれ車で球場に向かう車中、運転席のサンタナがマイケルに言ったそうです。
「I will let them pay.」(=球団に払わせてやる)
00年から中継ぎとしてツ軍でプレーしてきましたが球団の評価は低く、02年には一度マイナーに降格しています。当時のツインズは先発ローテ層が厚く、若いサンタナにチャンスが回ってこなかった。悔しい思いをマイケルはずっと聞いて来たそうです。でも運転をしながらキッパリ言い切った口調からは、なにか確固たる決意が感じられた、と。
その言葉通りなのか、03年のサンタナは開幕から7試合連続で1度も得点を許さず、本領発揮。その年先発で初登板した5月9日のレッドソックス戦では5イニングを4安打無失点。シーズン後半にはローテに定着し、着実に白星を重ねました。
04年には開幕から先発ローテ入りし、地区優勝を経験、更に初のサイ・ヤング賞も受賞しました。言葉通り年俸も大幅に増加。マイケル選手も思い出しては「信じられないよね」と笑っています。
サンタナにその話をしてみました。「ふふふ、そんなこともあったよねぇ・・・」と遠い目。「でもナッキーも日本で去年すごかったんでしょ?」と言うので昨季日ハムは日本一になり、守護神として活躍しましたと伝えると。
「ワオ、オレもワールドシリーズ勝ちたいよ」。
昨年は投手三冠を総なめし、2度目のサイ・ヤング賞を受賞。投手として得られる栄誉は全て手に入れているように見えますが、最終目標はやはり、「W」の1文字なんですよね。
マイケル投手にも連絡が届くといいなぁ、そして、日米で2人が今シーズンも活躍すればいいなぁ、と、陰ながら祈っておこうと思います。
posted by abehiro |18:34 |
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2007年02月18日
ニュースやインタビューはスポニチやスラッガーでご紹介するので、このブログではキャンプのあいだ、岩村、森両選手のチームメートの人柄を少しずつご紹介できれば楽しいかな、と考えています。
ということで、まずは岩村選手が参加した球団イベントで一緒だった、セス・マクラング投手。レイズの若手守護神です。
第一印象:でかーい。
身長201cm、体重156kgの大きな体で合同練習中にも遠くからよく目立ちます。そんな長身右腕は最高約163km/hの速球とクセのあるカーブが持ち味。期待されたルーキーイヤーの03年5月にトミー・ジョン手術を受け翌年は大半を戦線離脱し、ここまでフルシーズンメジャーで投げた経験はありません。昨年は先発2番手で開幕を迎えましたが、6月までに2ケタ黒星を喫し一旦マイナーへ。8月にブルペンで復帰してからは4勝2敗、6セーブと順調に成績を伸ばし、監督の信頼を得ました。
「『ブルペンで帰ってこい』と言われた時は正直悔しかった。先発としてメジャーでフルシーズン投げたかったけど、まだ自分がどの役割で最も実力を発揮できるのか分からない。マイナーに戻った時に『絶対メジャーで成功してやる』とトレーニングに励んだ」と振り返ってくれました。
クラブハウスの中では陽気で、日本人報道陣にも「ヘイ、ワッツアップ?」と気軽に声をかけて下さるゴキゲンさんです。選手がチャリティイベントの一環として病院訪問を行った際にも、恥ずかしそうに遠巻きに見ている子供に「ヘイ、調子どうよ?ん?」とグータッチする機転の良さも天下一品。
私が感じた普段の印象を伝えたところ「試合で真剣になったり集中するときとのメリハリをつけたいからね。普段は自分の明るい性格を全面に持ってこようとしているんだ」。これからオープン戦に向けて徐々にその陽気な部分が『真剣モード」に移行するそうで「来月の僕はもう少しシブいキャラだと思うよ」だそうです。
・・・なんて言った側から、岩村選手の話になるとこうです:
「そうそう、アキのサイトさぁー、日本語ばっかりで分からなかったけど、髪型のページあるよねー。なにあれー、ちょーかっこよかったー」。
岩村選手のホームページにある「髪型投票」の部分のようですが、「日本語の部分、なんて書いてるのか教えてよー。オレもかっこいい髪型にしたいなぁー」
バッテリーのキャンプは始まったばかりですし、マクラング投手がシブキャラに変身するまでには充分時間がありそうです。
posted by abehiro |14:34 |
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2007年01月16日
*11日のバルデスのスタッツが(早速)間違っていました。
5回に投手失策での出塁が安打に訂正されており、5の5!でした。失礼いたしました。
そんなバルデスは今年から韓国のLG Twinsでプレーするそうで(rossoneroさんコメントをありがとうございました)、2月にはチームに合流するためカリビアン・シリーズには出場できないそうです。
「マツナーカにメールした」と教えてくれました。ソフトバンクの松中信彦内野手のことですよね。(直接取材をした事もないのに勝手にお名前を出して恐縮です、松中選手)。「韓国から福岡まで船があるらしい。遊びにいきたい」と嬉しそうでした。
今年のオフはソフトバンクとアジア・シリーズで対戦しないといけませんね、と言ってみました。すると「なにそれ?オレが日本でプレーしていた時はなかった!」と驚いていました。アジアのカリビアン・シリーズのようなものです、と補足説明してみましたが、それでよかったでしょうか。
バルデス以外に今日はどうしてもお話を聞きたい、と思っていた選手がいたので”オジサン”とのお喋りは早々に切り上げ(笑)・・・
ティエネス・ティエンポ?(=お時間ありますか?)
ロベルト・クレメンテ氏の甥、エドガー・クレメンテ外野手にお時間をいただきました。自分の名字がついた球場を本拠地に持つ気分とはどうなんだろうなぁ、と気になっていたので。
「僕とか家族だけでなく、友人も含めてプエルトリコの人間は彼の事を誇りに思うべきだよね」というのが第一声。エドガーも故クレメンテ氏と同じく右翼手。もともとは中堅でしたが肩が強く右翼に転向したそうです。「意識はしていなかったけど、結果、伯父と同じポジションになった。あとは伯父のように困っている人を助けられるぐらいの選手になりたい」。
クレメンテ氏の死後2年後に生まれたためプレーを生でみる機会はなく、当時の動画もそんなに残っていないのが残念だが「写真を見るだけでも素晴らしい選手だと思う。僕にはこのファミリー・ネームの伝統を受け継ぐ義務があるんだ」と胸を張っていました。
もし今2人が一緒にプレーできたら、と話すと「例えば彼が二塁にいて誰かがヒットを打った時に僕が外野から本塁で彼を刺すとか、その逆とか・・・そんなことが実現できたらとても楽しいだろうなぁ。もちろん彼の方が腕前は上だろうけど」。
今年のカリビアン・シリーズはこの球場で行われます。残念ながら今日も試合前の練習中に右ふくらはぎに違和感を訴え、急遽スタメンを外れましたが「今休んでカリビアン・シリーズに間に合わせるよ!!」と、ファイナル進出、そして優勝を見据えていました。
posted by abehiro |23:50 |
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